ドラム音源。
それはたとえバンドが組めない孤独なDTMerであっても、心置きなくバンドサウンドを楽しめるようにしてくれるDAW上のオアシスなのです。
特に学生やDTMを始めたばかりの初心者にとっては、もはやプログラムではなく初めてのバンドメンバーであるとすら言えるでしょう。
とはいえ、昨今のドラム音源は高品質である反面、性能に比例して値段と容量も膨れていってしまう傾向にあります。それはお世辞にも初心者向けとは言い難いレベルにまで達していることもしばしば。
しかし、今も昔も常に初心者の味方として知られるドラム音源が存在するのをご存知でしょうか。
その音源の名は「Addictive drums 2(以下AD2)」。
あらゆる意味でビギナーファーストであるこの音源の魅力、その詳細についてレビューしていきたいと思います。
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目次
概要、特徴をザックリ
AD2は、XLN Audio社からリリースされているドラム専用音源の第2世代です。
初代Addictive drums(以下AD1)はかつて黎明期のボカロ界隈で爆発的な人気を誇ったことで知られ、当時のボカロ曲の実に95割がこの音源を使用していたとも言われています。
他にも「Don’t say lazy」などの有名アニソンなどにも使用されているので、どこかで知らずに聴いている可能性もありますね。
AD2は以下の6つのセクションによって構成されており、随時切り替えて使用します。
Gallery(音源の切り替え)
AD2ではADpakと呼ばれる拡張音源によって、特定のジャンルに特化したドラムセットを追加することができるようになっています。
この「Gallery」はインストールされているADpakを切り替えるためのセクションであり、ここで選んだドラムセットによって大まかなサウンドのジャンルが決定付けられます。
参考として各ADpakの音の傾向などが書いてありますが、英文なので内容はいまいちよく分かりません。
Explore(プリセットの選択)
Gallaryで大まかなジャンルを選んだら、このExploreで詳細な音の傾向(プリセット)を選びます。
仮にジャンルでメタルを選んだとしたら、ここでメロディックスピードメタルなのかプログレッシブメタルなのかを決定するイメージです。
そう言われると大差ないような気もしますが、このプリセットはドラムセットのピースやエフェクトが変更されるため、同じADpak内のプリセットと言えどもだいぶ印象が変わってきます。あとメロスピとプログレは全然違います(迫真)
KiT(ドラムキットの調整)
ドラムセット全体の調整を行えるセクションです。
各ピースの入れ替えや音量調整を個別に設定できるため、ドラム全体のバランスを1つの画面で調整できるのが非常に楽。
空いているスロットにはさらにピースを追加でき、最大で18ピースまで同時に扱えます。また、スネアとキックにはリンク機能が付いていて、例えばスネアとハンドクラップをリンクさせて鳴らしたりすることが可能です。
EDIT(各ピースの調整)
EDITは、その名の通り各ピースの音作りを個別に行うためのセクションです。
- パン振り(左右の位置)設定
- 残響マイクへの入り込み量の設定
- ベロシティ(強弱)に対する音量と音質の反応度合い
- ピッチ(音程)調整
- トーン(音質)調整 ※キック、スネアのみ
- ピッチカーブ
- 音量カーブ
- ハイカット&ローカット
- マイクの位置設定
- アナログノイズの付与
- コンプ、ディストーションの適用
- イコライザー
- テープシミュ、トランジェントシェイパー、サチュレーション
- 出力音量
- 空間系エフェクトへの送り量
以上を自由にイジくり回せるようになっています。
コンプ、EQ、ピッチ調整など必要なものは全て揃っているため、別でプラグインを用意しなくてもAD2のみで音作りを完結できるのが強みです。
特に初心者の場合、フリーのプラグインをいくつも差すよりAD2のエフェクトを使用した方が仕上がりが良く、PCへの負荷も少なく済むのでおすすめです。AD2のエフェクトに慣れてから有料プラグインに手を出す、という流れもスムーズでしょう。
なお、画面下のミキサー部からパラアウトも可能なので、オキニのプラグインを適用したいというニーズが出てきても対応してくれます。
FX(空間系の設定)
空間系エフェクト(ディレイとリバーブ)の設定を行うセクションとなります。
FX1、FX2という形で2つの異なる残響を設定でき、AD2上の全てのピースは「この2つの響きをどれだけ得るか?」を個別に設定できるようになっています。
残響を混ぜて複雑にすることで、より立体感のあるリアルな音を作れるよ!というワケです。
他にも部屋の広さを4種類から選べたり、後段に付いてるEQで不要な響きをカットしたりもできるようになっていますが、個人的に凄くいいと思うのがエフェクト効果の見やすさ。
このようにツマミと連動してビジュアルが動くので、各ツマミが何を指定するものなのかが理解しやすいのです。プリディレイとディレイの違いを、長らくピチューとピカチュウみたいなイメージで捉えていた僕のような失敗を避けることができます。
BEATS(リズムパターンの管理)
AD2にはプロが打ち込んだリズムパターンが多数収録されており、この「BEATS」ではそれらMIDIの管理、編集が行えるようになっています。
管理面で特徴的なのは絞り込みの機能で、膨大なパターンの中から自分の指定したリズムに近いものだけを抽出してくれるというもの。
画像は普通の8ビートを指定しているところで、コレと同じ、もしくは似たパターンだけが自動でソートされます。大量のパターンから必要なリズムにいち早く辿り着くことができるので、AD2を使う機会が多い人ほど重宝することになります。
そして見つけたパターンを編集する際に使用するのが「TRANSFORMING」というどこかメカメカしい名前のモードなのですが、コレが個人的にAD2内で最推しの機能だったりするのです。
- ベロシティの上限、下限を設定して強弱の幅を限定できる
- タイミングや強弱をバラつかせて人が叩いてる感を演出できる
- 各ピースの奏法とベロシティを個別に変えられる
- パターンのスピードや長さを自由に変えられる
といった処理をパターン全体に一括で適用できるため、チマチマ1音ずつ編集しなくても大分自然な打ち込みが作れてしまうのです。
そしてその中でも一番ビビったのが「ACCENTS」というツマミで、8分か16分、もしくはその両方のノリを簡単に付与できるという代物なのです。
ACCENTS適用無し
8分のノリを強調
適用後の方は8分に当たるスネアとキックが強く鳴らされているのが分かります。
このレベルの調整が「ツマミを回すだけで済んでしまう」という手軽さが恐ろしいところです。生ドラムなら何年かの修行の末に手に入る技術をツマミにして付けてしまったわけで、何となくいたたまれないような気持ちになります。
ちなみにツマミをマイナスの方向へ回すと裏ノリにすることも可能です。
AD2の強いところ
手堅い音質が素早く出せる
AD2のドラム音源としての優位性は、やはりそのスピード感にあるでしょう。
音質で勝負している音源には正直敵いませんが、とはいえ「DTMをやっていない人に聴かせたら他の音源と区別が付かない」程度のレベルは確保しています。
この音が立ち上げてプリセットを選んだだけで出る、というスピード感こそがAD2の確立しているポジションであり、浮かんだと思った時には消えているアイディアを現世に繋ぎ留める役割にふさわしいと言えます。
初心者ファーストの操作感
操作のしやすさ、慣れやすさは特筆すべき特徴です。
各ピースのEDIT画面は相互に行き来できるようになっていますし、エフェクト類も視覚的に効果が確認できるように配慮されています。
見た目で何となくどう操作すればいいか分かる設計というのは言葉ほど簡単にできることではなく、長年「初心者の味方」として名前が挙がるだけのことはありますね。
学生でも買える価格
AD2がこれだけ普及した背景に、低い価格設定があったことは間違いありません。
AD2の正規価格は、記事執筆時で18,000~20,000円前後。
何かと引き合いに出されるBFD3が34,000円前後、Superior drummer 3が40,000円程度だという事を考えると、逆にちょっと不安にすらなります。
この値段差は単純に、音質の差によるものです。
値段もさることながら、音源の容量もAD2とその他2つでは数倍の差があるので、本来比較すること自体が可哀そうな話ではあるのです。
逆に学生でも手の届く値段にも関わらず、プロユースの音源と並んで語られているという事実が世間的な評価の表れだと言えるでしょう。
動作が軽い
早い、安いと来ていよいよ吉野家じみてきましたが、AD2はドラム音源の中でも図抜けて軽いのです。
BFD3などの大容量音源は音質や機能が恵まれている分、結構なマシンスペックが要求されます。僕のまぁまぁ盛った自作PCでも、2つ立ち上げたらいつ死んでもおかしくありません。
対してAD2はそれらの半分程度の負荷しかなく、起動も早いので「(アイディアと)出会って2秒で作業」を地で行くことが可能です。
その点でも、ノートPCしか持っていないといった環境になりがちな学生や初心者は恩恵にあずかることが多いことでしょう。
AD2の苦手なところ
音作りの幅はそれなり
よく言われていることではありますが、AD2は素早く作りこまれた音が鳴る反面、細部までこだわりたい派の人には自由度が低いように感じられるかもしれません。
例えばBFD3では収音マイクの数が8本とかあり、個別に距離やエフェクトをイジれますが、AD2にはオーバーヘッドとルームの2本のみで、変えられるのも被り量とパンくらいに留まります。
基本的な使い方はAD1の時と同様、好みのプリセットを自分の曲に合うように調整するというものになるでしょう。
とはいえ、「ドラム音源が初めて」「音作りより作曲に時間を割きたい」という人にとっては、高すぎる自由度はむしろ難易度が高いだけです。BFD3の別名が「初心者殺し」であることからもそれは窺えます。
「手軽に良い音を出す」以上に音作りに関心が出てきた時こそ、改めて別の音源を検討すべきタイミングだと言えるでしょう。
EDM系楽曲の制作は不得手
AD2は基本的に生ドラムのシミュレートが主体の音源なので、EDMで使うドラムマシーン系の音は少ないです。
唯一あるエレクトロ系ADpakを除けば、申し訳程度にサイン波が入っている程度。
EDM系のリズムはサンプラー等でサンプルを鳴らすのが一般的なので、そもそもドラム音源を使うこと自体があまり無いかと思いますが、「自分は日本のZeddになりたい」と考えている人は一応注意しておいてください。
ちなみに:AD1との違い
今や半ば伝説化しているAD1との違いとしては、やはり音質と操作性の2点が挙げられるでしょう。
音質の上がり幅としては「若干」というのが正直なところです。「まるで別物」みたいな顕著な差はないように思います。
AD1「Startup」
AD2「AD Classic Startup」
ただ、AD1のネガティブな特徴として有名だった「Addictive drums丸出し感」は随分軽減されました。
聴く人が聴けばスネア1発でバレてしまう特徴的な派手さが抑えられ、個性が出しやすくなったのは嬉しいポイントです。
そして操作性の向上に関しては、上記したBEATSセクションの改善が大きいでしょう。
リズム指定による絞り込みとTRANSFORMING機能による手軽な調整により、立ち上げて音を出すだけでなく、その先の打ち込みまでもがスピーディに完結するようになりました。最終的に立ち上げなくても音が出ます!とか言いそうで怖いですね。
あと地味なところで言うと「プリセットを選ぶときにジャンルの激しさ度合いを指定することができる」など、細かい操作感も向上しています。
現在はもうAD1は手に入らないと思いますが、たとえいくらか安く出ていたとしてもこれらの違いがある以上、今から初代を買う理由はないように個人的には感じます。
購入する際はパッケージに注意
「ええやん!買うたろ!」と思い立ってAD2の販売ページへ飛ぶと、似たようなパッケージがいくつもあるので変な声が出ると思います。
比較して見れば単純なのですが、メーカーオリジナルの単語が出てきたりするのが混乱に拍車をかける形になっているのです。
それを解決し自分に合ったパッケージを選ぶための前提知識として、以下の3つの単語とその意味を確認しておくことをお勧めします。
3つの拡張パック
- ADpak → 新しいドラムセットが追加される拡張パック。種類が多く、それぞれ特定のジャンルに特化している。
- MIDIpak → プロが打ち込んだ演奏データ(MIDI)を追加するパック。コレも特定のジャンルや用途に特化したものが多い。
- KitpiecePak → 新たなピース(キックだけ、スネアだけ等)を追加するパック。ボンゴとかカホンもある。
「AD2には本体とは別に3つの拡張パックがある」ということさえ分かってしまえば、後は↓の比較表を参照して自分に必要なパッケージを選んであげればOKです。
名称 | 価格 | AD2本体 | ADpak | MIDIpak | KitpiecePak |
Addictive Drums 2 : Custom Collection | ¥20,000前後 | ◯ | 3個選べる | 3個選べる | 3個選べる |
Addictive Drums 2 Custom XL | ¥37,000前後 | ◯ | 6個選べる | 6個選べる | 6個選べる |
Addictive Drums 2 Custom XXL | ¥56,000前後 | ◯ | 10個選べる | 10個選べる | 10個選べる |
Addictive Drums 2 : Metal Collection | ¥18,000前後 | ◯ | Studio Prog Metal |
Metal Songs Diabolic |
× |
Addictive Drums 2 : Heavy Rock Collection | ¥18,000前後 | ◯ | Black Velvet United Heavy |
Loud Beats & Songs Heavy Beats & Songs |
× |
Addictive Drums 2 : Rock Collection | ¥18,000前後 | ◯ | Fairfax Vol.1 Fairfax Vol.2 |
American Rock American Indie |
× |
Addictive Drums 2 : Classic Rock Collection | ¥18,000前後 | ◯ | Blue Oyster Retroplex |
Retro Songs Rock’n’Roll |
× |
Addictive Drums 2 : Pop Collection | ¥18,000前後 | ◯ | Indie United Pop |
Indie Rock Alternative Rock |
× |
Addictive Drums 2 : Breaks &Beats Collection | ¥18,000前後 | ◯ | Reel Machines Funk |
Reel Machines Beats Funk’d Up |
× |
Addictive Drums 2 : Soul and R&B Collection | ¥18,000前後 | ◯ | Modern Soul and R&B Vintage Dry |
Modern Soul And R&B Beats Dry Beats & Songs |
× |
Addictive Drums 2 : Jazz Collection | ¥18,000前後 | ◯ | Modern Jazz Brushes Modern Jazz Sticks |
Jazz Grooves: Brushes Jazz Grooves: Sticks |
× |
Addictive Drums 2 : Percussion Collection | ¥18,000前後 | ◯ | Session Percussion Boutique Mallets |
Percussion Beats Mallet Grooves |
× |
Addictive Drums 2 : Studio Collection | ¥18,000前後 | ◯ | Studio Pop Studio Rock |
Rock Songs Writer’s Blocks |
× |
僕もそうでしたが、AD2 Customにして好みのADpakを選ぶ層が一番多いのではないでしょうか。
ADpakは公式ページで試聴できるため、やりたいジャンルと相談しながら聴いて良いと思ったものを選ぶ、で問題ないと思います。
一応パッケージ版とダウンロード版の2種類がありますが、最近はパッケージでの取り扱いはほとんど見かけないので、入手する際はダウンロード版になるかと思います。
ダウンロードの場合、個人的におすすめのショップはPlugin Boutiqueです。
国内販売より安い場合が多く、この記事で書いているように割引ポイントも付いてきます。海外サイトですが大手なのでトラブルも少なく、いつも入り浸っているショップです。
いつの時代も初心者の味方
有料音源を導入した時、最も音質の差にビビるのがドラム音源です。
遥か昔、AD1を初めての有料音源として迎えた時の衝撃は凄まじく、「コレが最初で最後の有料ドラム音源になるんだろうな」と思ったものです。まさか数年後にはもっと高い音源をバカスカ買っているとは知る由もありません。
とはいえ当時は学生の身分だったので自由にできる予算が少ない中、低価格かつ高品質なAD1という選択肢は非常にありがたい存在でした。それは今後も、いつの時代も初心者DTMerにとって変わらない光景になっていくことでしょう。
分からないことが多く、モチベーションの上下が激しい初心者期間にちょっと良い音源を導入することは、DTMを長い趣味とするのにお勧めの初期投資です。
ちなみに「いかなる時も常に最強を目指す」という海馬みたいな信条をお持ちの方には、こちらの音源をお勧めしておきます。じっくり腰を据えた音作りを楽しめることでしょう。