「録音した素材の音質に不満があるけど、録り直しは色々あって厳しい…」
何らかの形でレコーディングに携わる者は時折、この板挟み的問題に直面することがあります。
クオリティを追求したい気持ちと現実に置かれている状況の狭間で揺れる、クリエイター心。
その気持ちは性別など関係なく、まさしく乙女のそれだと言えるでしょう。
この問題を解決する手法はいくつかありますが、個人的にお勧めなのはオーディオを修復して音質の向上を図るというアプローチ。
端的に言えば、「望まないノイズや音割れ、入り込んだ部屋鳴りみたいな音質に関わるエラーを”後から”除去すれば、素材を活かしたままクオリティも追求できるじゃん!」という発想です。
記事冒頭からどうかしてしまったのかと思われているような気がしますが、実際にそれが可能なんだから仕方ありません。
具体的に言うなら、accusonusというメーカーからリリースされているERAシリーズと呼ばれるプラグインがそれです。
ERAシリーズは
- Noise Remover(ノイズ除去)
- De-Clipper(クリップ除去)
- Reverb Remover(リバーブ除去)
- Plosive Remover(ポップノイズ除去)
- Voice Leveler(音量平均化)
- De-esser(歯擦音除去)
- Voice Deepener(声の深みを取り戻す)
- Voice AutoEQ(声に自動でEQを施す)
- Mouth De-Clicker(リップノイズ除去)
- De-Breath(ブレス音の除去)
の10個からなり、その全てが「一つのノブを回すだけで高品質な修復が行える」という設計のプラグインなのです。
コンセプトだけ聞くとヤバい情報商材みたいなのである程度腹を括って使ってみたのですが、幸いにも実力に偽りはありませんでした。
この記事はERAシリーズについてレビューし、取りまとめていくものです。
実際の音源比較を用意している記事もありますので、手軽なオーディオ修復ツールをお探しの方などは参考にしてみてください。
目次
ERAシリーズの概要
ERAシリーズのプラグインは上記の通り10種類あり、それぞれ個別の録音エラー(ノイズなど)を低減、もしくは修復することが出来るようになっています。
そして機能に多少の違いはあれど、基本的には挿してノブを回すだけで効果が出るように設計されている手軽さが大きな特徴です。
オーディオ修復と言えばiZotopeのRXシリーズなんかも有名ですが、こちらは詳細にパラメータを追い込める反面、どうしても気軽に使えるとは言いづらいところがあります。
その点では、ERAシリーズは初心者や、手軽に時短したい人に向いた作りだと言えるでしょう。
各プラグイン個別の詳細については以下の通りです。
Noise Remover(ノイズ除去)
オーディオに含まれるノイズ成分を低減、除去してくれます。
ノイズにもエアコンの駆動音やパソコンの電子ノイズなど種類がありますが、その辺りは特に区別せずとも使うことができます。
機能的な特徴としては特定の帯域に処理を集中させることができ、例えば高域に寄ったノイズを狙い撃ちにするような挙動が可能です。
初めて使った時はホントに上の動画そのままの感じで消えたので、深夜に独りテンションが上がってどうしていいか分からなくなった覚えがあります。
結果、その感動はレビューとして記事にぶつけました↓
De-Clipper(クリップ除去)
クリップ(音割れ)してしまった箇所を修復してくれます。
割れた波形の音量をそのまま下げるのではなく自然な波形に修復してくれるため、小さな音割れ程度ならほとんど目立たないレベルまで持っていくことができます。
De-Clipper独自の特徴として挙げられるのは
- 処理方式が2種類あるので、ある程度の「素材を選ばない汎用性」を持つ
- かなりのCPU負荷と引き換えではあるが、処理の品質をさらに上げることも出来る
この2点。
なお、2019年3月現在ではベータ版としてリリースされていますが、特に問題もなく使えているのでどの辺がベータなのかは謎です。
後日、正規版がリリースされました。変更点としては見た目がカッコよくなっています。
個別記事があります↓
Reverb Remover(リバーブ除去)
オーディオに含まれるリバーブ成分のみを低減、除去してくれます。
実音がハッキリ録れている素材であればかなりドライ(反響が少ない状態)にすることが可能です。
ナレーションなどに使うと声の主がどんどんこっちに近づいてくるのでチビりそうになるほど。
宅録における用途としては主に、入り込んだ部屋鳴りを抑えたりするような目的に役立つでしょう。
また素材にもよりますが、購入した音源やサンプルのリバーブが強すぎる時にも力を発揮します。
こちらもNoise Removerと同じ、処理を強く集中させる帯域を指定できる機能があります。
個別記事もあります↓
Plosive Remover(ポップノイズ除去)
パ行、タ行、ダ行などを発した時に生じる破裂音(ポップノイズ)を緩和してくれます。
処理をNORMALとEXTREMEから選択でき、あまりにポップノイズが酷い場合はより強く処理することができます。処理を行った箇所を視覚的に表示してくれるのも嬉しいポイント。
基本的にボーカルやナレーションをマイク収録する際はポップガードを使用するのがセオリーなため、自分で宅録できる人にはそれほど出番は多くないかもしれません。
ただ、他人から受け取った音声の編集時や、録音の際には気付かなかったポップノイズが入っていた時なんかはまさにコレの出番でしょう。
Voice Leveler(音量平均化)
入力されたオーディオの小さい部分のみを持ち上げることで、全体の音量を平均化してくれます。
ボーカルやナレーションをオケやBGMと合わせる前の下処理としてコレをかましてあげると、ちくちくオートメーションを書く手間が省けてハンパなく時短になります。
搭載されている機能も、
- 平均化された音量が視覚的に表示される
- 必要に応じて、平均化しつつもよりハッキリ聴かせることができる
- 平均化された音量に抑揚を付ける機能がある
など、特徴的なものが他メーカーのプラグインより多い印象です。
また、あまり言及されていませんが生配信でのリアルタイム音量調節に使用すると真価を発揮します。
De-Esser(歯擦音除去)
サ行、ザ行などを発音した時に生じる高域のノイズ(歯擦音)を軽減してくれます。
個人的には効果も機能も、「ものすごく王道」なディエッサーという印象です。剣と魔法とボーイミーツガールレベル。
ただ、そもそもディエッサーというエフェクター自体が音質くらいしか差別化のしようがないものなので、どうしてもこうなるとは思います。
その点このERA De-Esserは一応、効果の強さをざっくり
- NORMAL(普通)
- BROAD(広い)
の2択で選択できるようにしてあり、素材によって処理を合わせることができるのが持ち味と言えるでしょう。
もちろん声素材だけでなく、シンバルやハイハットなどの耳障りな高域を下げる用途にも使えます。
Voice Deepener(声の深みを取り戻す)
録音した声素材に低音を付加し、深みを取り戻すというプラグイン。
”自分自身の声”というものは
- 体内で響いている声
- 耳から入ってくる声
の2つが混ざって聴こえているため、録音すると①が収録されずに気持ち悪く聴こえる……という現象は有名ですが、Voice Deepenerはこの①を付加して”いつも聴こえている自分の声”に近づけることができるのです。
上の動画ではもうほとんど映画の予告編みたいになっていますが、上記のVoice Leveler等と違い、類似するプラグインを見たことがないので特にナレーションを録る人にとっては替えの効かないエフェクターになるでしょう。
Voice AutoEQ(声に自動でEQを施す)
ボーカルやナレーションに自動でイコライザー処理を施し、聴きやすくしてくれます。
特にDTMにおいて、ボーカルの不要な低音をカットしたり足りない高音をブーストして聴き心地を整える手法は一般的ですが、コレはその工程を全て自動で行う時短ツールであると位置付けられています。
全自動と言えども、処理の方向性は画面中央の三角形のポインターを
- AIR(空気感)
- BODY(胴鳴り)
- CLARITY(明瞭感)
の3つの指標に合わせて動かすことで指定することが可能です。その後、「INTENSITY」で掛かりの強さを調整するという流れ。
個人的にはボーカルはオケとの兼ね合いによって処理が変わってくると考えているため、コレ1個で全てOK、とはなりにくいように感じます。
ただ下処理としてコレでザックリイメージに近づけておき、本調整は別のEQで行うという使い方ならコンセプト通り時短に繋げられるでしょう。また一方で、ナレーション等に使う場合はコレで完結しても問題ないと思います。
Mouth De-Clicker(リップノイズ除去)
いわゆる「リップノイズ(唇や唾液のピチャピチャ音)」を軽減してくれます。
唇や舌の動きに連動して鳴るリップノイズは意識的に防ぐのが難しく、「気を付けなきゃ」と思うと口が乾いて余計鳴りやすくなるという人体の欠陥を突いてくるため、こういった除去ツールはとかく活躍するものです。
Mouth De-Clicker独自の機能として「BROAD」モードを有しており、オンにすると除去対象のリップノイズだけを試聴することができます。
ここでノイズ以外の実音が入らないように調整することで、掛け過ぎの防止に繋がるというわけです。
De-Breath(ブレス音の除去)
音声に含まれる「ブレス音(呼吸音)」を除去するというもの。
「スゥ」とか「ハッ」といった息継ぎの音が想定より大きく録れてしまって耳障り、なんて時に使うことを目した製品です。
手作業で除去できる音の合間のブレス音のみならず、吐息が多すぎる声にも多少効果を発揮するのがアドバンテージと言えるでしょう。
歌にもナレーションにも使えるとのことですが、個人的には歌撮りでブレスが大きすぎて困ったという経験があまりなく、もっぱらナレーション用かなという気がします。ASMR音声の吐息を減らしたいみたいな特殊な用途にはハマるかも。
購入時の注意
以上が各プラグインの詳細ですが、もしその中に気に入ったものがあったならば購入の仕方に注意しましょう。
ERAシリーズの購入方法は、以下の2通りあります。
(1)上記10個がセットになったバンドル(ERA Bundle Standard / 299ドル)
(2)(1)にRoom Tone Matchと3種のProプラグインを加えた完全版(ERA Bundle Pro / 999ドル)
(1)は読んで字の如くなので良いとして、問題は(2)にのみ追加されている部分。
1つ目のRoom Tone Matchは↓のように「違う環境で録られた音声の聴き心地を揃える」というプラグインです。
そもそもどんな状況なのか気になりますが、注意すべきはコレがAU形式しか提供していない点。より一般的なVST版がなく、AUに対応していないDAWだと使えないのでコレ目的の場合は注意が必要です。
そしてもう1つの3種のProプラグインとは、
- Noise Remover Pro
- Reverb Remover Pro
- De-Esser Pro
のことで、上で紹介した3つのプラグインの強化版が別で付いてくるのです。
- Noise Remover Pro、Reverb Remover Pro → 周波数を最大6つに分けてそれぞれ個別に処理を行える
- De-Esser Pro → 処理対象とする帯域の指定、仕上げの聴き心地の調整が可能
という点が通常版より進化しており、より精密な処理を必要とするプロ向けに作られたバンドルであることが窺えます。
しかし正直に言って、この4つがプラスで使えるというだけでStandardから約7万円もの価格差が生まれてしまうのは疑問と言わざるを得ません。それなら同じく業界標準のリペアツールとして有名なRX8 Standardを別で購入した方が安く、かつ出来ることも多くなります。
勿論プラグイン1つ1つは素晴らしく、代替の効かない効果を持つものも多いのですが、そのメリットを享受するならERA Bundle Standardで十分というのが個人的な結論です。
用途はゲーム実況やYouTubeにも
ノイズも部屋鳴りも最初から入っていないに越したことはないのはもちろんですが、置かれた環境や機材の関係でそれが叶わないDTMerにとって、「後から問題に対処できる」ERAシリーズは大きな選択肢となります。
個人的にはDTMの枠を飛び越え、例えばゲーム実況やYouTuberのような、声が重要なコンテンツ全般に効果を発揮するプラグインであると感じます。
このERAプラグインが一揃いあるだけで、少なくとも聴きにくい音声になってしまうことは回避できるでしょう。
今は無料のDAWすらある時代なので、普段DTMに馴染みのない人でも導入が可能です。
そしてこういうクオリティの底上げをしてくれるツールは得てして早い段階で導入すればするほど後々の結果が大きく開いてくるため、可能な限り早めに入れておきたいもの。
あなたの創作において何かを諦める選択をしてしまう前に、一度試してみるのはいかがでしょう。