「ダブる」
と聞くと何となく、
- ガチャで同じのが出た
- 留年が決定した
- レジ係の女性にこの前フラれた彼女の面影が重なった
みたいな悲しいイメージが漂いますが、それがことDTMという文脈で発された場合、あるエフェクト(効果)のことを指しているだけなので、決して落ち込む必要はありません。
正式にはダブリング、もしくはダブルトラッキングと呼ばれるこの効果は、古くはビートルズから我らが米津玄師まで、あらゆるアーティストが己のボーカルを印象付ける為に駆使する由緒正しいテクニックなのです。
「あのヨネケンが!」とくれば、何となくその詳細が気になってくるのも自然なことでしょう。今回はそのダブリングについて、お話ししたいと思います。
目次
まず、ダブリングとは…何か(ネットリ
ダブリングとは簡単に言うと、同じ歌や演奏を2回録音して重ねることで厚み、広がりを出す手法を指す言葉です。いわゆる重ね録りというヤツで、ボーカルの場合はこんな感じ↓になります。
米米津津玄玄師師みたいになっているのがお分かりでしょうか。
同一人物が2人いるかのような強い存在感を音に与えることができるため、特にボーカルに対して非常によく使用されます。次点でギターでしょうか。
例が拙作で恐縮ですが、こうしてエレキギターのバッキングを2回録って左右に振り、広がりを得る手法などは典型と言えるでしょう。
誰だか知りませんが良い質問です。確かにDTM環境なら波形をコピペすることは簡単なのですが、しかしそれだと全く同じ波形が重なるだけ=単純に音量が2倍になるだけなので、ダブリングとしての意味を成さないのです。左右に振る場合も、全く同一の波形なので中央で鳴っているように聴こえてしまいます。
では、ダブリング特有のちょうどいい”2人いる感”はどこから来るのか? それを得るには、ある2つの要素が重要になってくるのです。
必要なのは「2つの要素からなる”揺らぎ”」
その要素とはズバリ、
- タイミングのズレ
- ピッチ(音程)のズレ
の2つ。そしてこれらから発生する”揺らぎ”こそが、ダブリング特有の「2人いる感」の正体と言えるでしょう。
どんなに正確無比に録音しようとしても人間のすることですから、テイク毎に微妙なタイミング・音程のズレが生じます。しかし逆にそれが波形の同一化を防ぎ、1人が2人いるかのように聴こえる独特の効果に繋がるのです。
つまり自然なダブリング効果にはこの2つのズレが必要不可欠であり、それを得るためにわざわざ同じフレーズを2回録音する必要がある……という構図だと言えます。
一回の歌、演奏をダブリングする手段
ということは裏を返せば「2つのズレ」さえ押さえられるなら録音は一回でも良い、という事になるはず。
「音をズラしつつ重ねることが出来る手段」と聞いてまず思い浮かぶのは、
ダブリングの手段候補
- 波形ずらし
- ディレイ
- コーラス
大体この辺りでしょう。
1つずつ↓のサンプルへ適用し、実際の効果を確認してみたいと思います。
波形ずらし
全く同じ波形を少しだけズラして重ねるというもの。
「タイミングのズレ」が加わるので音量が上がるだけの状態は回避できますが、ズレが常に一定なのと「ピッチのズレ」が無いため、ダブリングというよりショートディレイに近くなってしまっています。
ディレイ
上と同じく、原音から少し遅らせて音を戻すエフェクトです。
こちらもタイミングのズレが常に一定になっており、ピッチも揺れてはいるもののやはり揺れ方が一定なので、リバーブに近い「空間の演出」感が強く出てしまっている印象です。
コーラス
原理としては今回の場合、ディレイとほぼ同じと考えて構いません。
ピッチの揺れ方が少し不規則な分、コレが最も自然なダブリングに近いですが、それでもタイミングズレの一定さがかなりの”機械感”に繋がってしまっているように聴こえます。
”揺らぎ”のない手段
といった感じで、実は上記のような通常の手段ではいずれも「音のズレ方が一定→機械的な印象を受ける」という因果関係が発生し、自然とは言いにくい結果になってしまうのです。
人間に置き換えると「全てのミスが全く同じズレ方」という逆に凄いわ的状態なので、どうしても”””エフェクト”””感が強く感じられてしまうのでしょう(※)。
つまり仮に「2つのズレ」を押さえていても、そのズレ方が一定だと自然な揺らぎは得られないという罠があり、これによって「原理は単純そうなのに上手く再現できない…」とドツボにハマりやすくなるわけです。
“揺らぎ”のある手段
通常の手段が上手くいかないなら、やはり特殊な手段に頼る他ないでしょう。今回の場合は「ダブリングの再現に特化したプラグイン」がそれに該当します。
Reel ADT
世界初のエフェクトによるダブリングは、ビートルズが「2回録るのダルい」とゴネたことがきっかけで生まれた……という逸話は有名ですが、このReel ADTはその時の機材を再現するプラグインです。
コレが「ダブリング特化」たる所以は、タイミングとピッチの両方を不規則に揺らせる点にあります。上記の罠を回避し、人力ダブリングと同じ条件を整えることを特に意識して作られているのです。
慣れないと少し違いが分かりにくいかもしれませんが、”2人いる感”を出しつつも機械的なニュアンスが少なくなっている所に注目してみてください。
またReel ADTは”揺らぎ”の程度・深さも細かく指定できるため、よりイメージに近いダブリングを自分で追い込むことができます。その点では、ボーカルの技量が問われる人力ダブリングよりも自由度的に勝っていると言えるでしょう。
VOX Doubler
こちらもReel ADTと同様、自然なダブリングを再現することを目的に作られたプラグインです。
タイミングと音程の両方を不規則に揺らせることはもちろん、Reel ADTに比べてツマミが少なく、より直感的に効果をイジれる点が特徴となります。
音としてはこちらも十分自然に仕上がるので、Reel ADTとの選択は
- 音の好み
- パラメータをどれだけイジりたいか(追い込みたいならReel ADT、簡単に済ませたいならVOX Doubler)
- 値段(定価ならVOX Doublerの方が安く、おまけで左右に広げるプラグインも付いてくる)
この辺りを判定基準にするのが良いと思います。個人的には曲によって音質の合う方が変わるように感じるので、とりあえず両方試してみるパターンが多いです。
ピッチ修正ソフト
最後に補足として、ピッチ修正ソフトを用いるやり方についても触れておきます。
メロダインなどのピッチ修正ソフトは本来、ボーカルのミスを修正するために用いられるものですが、それを逆手に取り「意図的に音のタイミング、ピッチをズラす」ことでダブリング効果を得る、という手法です。手順としては
- 元の波形を複製する
- 複製した方にピッチ修正を施す
- 元の波形と重ねる
これだけの単純極まるもので、1音ずつ手動でズラすのが面倒ならランダマイズ(音をランダムにズラす機能)を適用して一発で差分を用意することもできます。もちろん通常の歌モノ制作の工程としてピッチ補正を行った後、ついでにダブリングもできる的な捉え方でも問題ありません。
ピッチ修正は基本的に1音ずつタイミングと音程がズラされるため、偶然にも上で書いた「自然なダブリングの条件」を満たす状況になることを利用した手法だと言えるでしょう。ただ、あまりにも元の音からかけ離れた修正を施す場合は「程よいズレ」ではなくなってしまうので、元の音も合わせてズラすなどの対策を忘れないように注意が必要です。
DTMと「ダブり」と私
色々書きましたが、「めんどくさいから普通に2回歌うわ^^;」という結論でも特に問題ありません。自分に合ったやり方を選択するのが何より大切です。
ただ、個人的にはプラグインだからこそ輝く場面も少なからずあるように感じています。
プラグインが輝く場面
- 他人からデータが送られてくるような案件の場合、時間的に「もう一回歌って」と言えない場合。これは編集で何とかするしかない。
- 「2回同じ歌を歌う」と書くと単純だが、できる限り1回目のテイクと同じように歌うのは実は割と技術が要る。それが難しいボーカルの場合、時間をかけて録った1回目のベストテイクを編集する方向で処理した方が良い結果を得られる。
DTMerに限らず言うなら、「推しの声素材をダブリングして2倍楽しい」みたいな使い方をするのも良いでしょう。本人には伝えない方がいいと思いますが。
プラグインでしか解決できない問題に直面する時はいつか、遅かれ早かれ訪れます。その時に備えて、対処の選択肢を増やすことのできる記事になっていることを願うばかりです。
とはいえ、選択肢を増やすことが第一目的になってしまうのは避けたいところ。特に「安くなってる!!」と値段で飛びつく癖が付いているといずれ、DTMにも悲しいダブりがあることを身をもって知る日が来るでしょう。