ドラム音源。
それは数多のメーカーがシノギを削り覇権を争う、DTM音源の中でも屈指の激戦区に他なりません。
コスパのAddictive drums 2、守備範囲のBFD3とジャンプ漫画のような肩書きを持つ有名どころから、知る人ぞ知る個人制作の佳作まで計り知れないほどの数が存在し、今日もどこかで「最強のドラム音源」論が白熱しているのです。
そんな背景から、各メーカーは打ち込み機能を充実させたり奏法を細かく収録したりとポジションを確立するための工夫を欠かさないわけですが、その中を「音質の良さ」というパワープレイで正面突破しようとしている音源があるのをご存知でしょうか。
その名を「Superior Drummer 3(以下SD3)」。
音質の良い音源が正義、という身も蓋もないポリシーを掲げて走るドラム音源の最前線。その実力をレビューしてみたいと思います。
▼他のドラム音源
目次
Superior Drummer 3の概要、主な特徴
SD3は、Toontrack社から2017年10月にリリースされたドラム専用音源です。
同社のエントリーモデル「EZ(簡易な)drummer」に対しての「Superior(上位の)Drummer」というネーミングからも分かる通り、Toontrack社の技術の上澄みが集められたハイエンドと呼ぶに相応しいクオリティを誇ります。
詳細は後に譲りますが、この音源の特徴と言えばやはり「純粋な音質の良さ」で勝負してきていることにあるでしょう。
それまで音質を司るドラム音源と言えばBFD3のことを指しましたが、2013年発売の音源であることもあり、4年分のアドバンテージを持って登場したSD3と現在は人気を二分している印象です。
SD3は大別して、以下の4つのセクションから成っています。
DRUMS(ドラムキット)
基本的なドラムセットのカスタム画面です。
- プリセットの切り替え
- パーツの抜き差し、音質などの調整
- 奏法やMIDIマッピングの設定
といった、ドラムキットそのものに関わる設定項目がここに集約されており、後述するMIXERと併用しながら音作りを行います。
各パーツを自由に差し替えてオリジナルのキットを作れるよ! というだけではそれほど珍しくもないですが、SD3では選べる種類の多さが目を引きます。
スネア1つにしてもコレ。2~3個同じのが混じってても気付かない量です。
もちろんキックや金物類も同様で、しかもこれらは拡張パック無しで最初から収録されているモノなのです。企業努力なのかヤケクソなのか判断に困ります。
また、各パーツの調整項目はエンベロープ(音の立ち上がりや減衰)やチューニング、音のレイヤーなど必要なモノが大体揃っていて、DAWにパラアウトする前にSD3上でおおよその音作りが済ませられるという堅実な造りになっています。
効果音が手軽に作れる「リバース(オンにすると音が逆再生される)」なんかは変わり種と言えるでしょう。ひとりアンビエントごっこが意外に楽しかったです。
GROOVES(リズムパターン)
ドラム音源ではお馴染み、リズムパターンの管理画面です。
プロ手作りのMIDIが親の敵!とばかりに収録されており、DAWに直接貼り付けることで時短とクオリティを両立してくれます。
パターンは拡張パックや手持ちのMIDIを追加することも可能です。
そして数が増えてくれば重要になるのが絞り込みですが、SD3の場合はジャンルやリズムなどによる通常の並び替えに加え、「Tap2Find」という自分で叩いたリズムに近いパターンを表示してくれる機能があります。
直感的に欲しいパターンが絞り込めるのでとても重宝します。逆にコレがないドラム音源を使う時が辛くなるほど。
また少し異彩を放っているのが「Song Creator」という機能で、任意のパターンを読み込ませると自動で1曲分の展開を作ってくれるというもの。
よくよく挙動を見ると、パターンを変えても指定したジャンルが同じだと展開も使いまわしになっていたりするので、AIとかではなくプリセットに近い機能だと分かります。が、それでもとりあえずの叩き台を作るくらいなら一瞬です。
どちらかと言えば、作成される展開がセクション単位で分けられていて、組み換え差し替えが容易であることの方が本質と言えるでしょう。曲全体の構成を試行錯誤するなら、DAW上でやるより遥かに手軽に効率よく行えるからです。
MIXER(ミキサー)
一般的なミキサー画面です。各マイクにエフェクトを差したり刺さなかったりできます。
全体的な仕様はごく普通かつ必要十分なものですが、1つ大きな特徴として「マイク同士の被り(Bleed)」が調整しやすい造りになっていることが挙げられます。
被りのオンオフや量の調節はもちろんのこと、位相反転や被らせている本数の表示、果てはスネアやキックだけでなく全てのマイクがどのマイクにも被せられるなど配慮が行き届いており、特に力を入れている印象を受けます。
これは後述するライブラリからも窺えるように、SD3が主に「空気感」によって音質のリアルさを追求している音源であることが理由の一端なのかもしれません。
イジれる項目が増えれば迷いも増えやすくなりますが、逆にこだわろうと思えばどこまでもこだわれるポテンシャルを併せ持っています。
TRACKER(オーディオ→MIDI)
ドラムのオーディオデータを読み込むと自動で音を検出し、MIDIデータに変換してくれる機能です。
TRACKERの用途
- 生録音したドラムの音を後から差し替える
- 上手いドラマーの演奏をMIDIに変換してストックする
といった飛び道具的な使い方ができます。
何の音なのか自動で判別する、検出の感度を調整できる、無駄なノイズを無視できるなど、通常のトリガーとして見てもかなり使いやすく作られており、ドラムを生録する環境で活躍するでしょう。
もちろん僕のようなお座敷DTMerであっても、生演奏のリアルな強弱やタイミングをMIDIに落とし込めるとなれば使わない手はありません。周りのドラマーを上手くおだてて協力してもらいましょう。
ただ1つだけ、TRACKERは基本的にマルチトラック(パーツ毎にマイクを立てる)で録音されたオーディオに最適化されているため、ドラムステムや2MIXでは上手く検出できない事には注意が必要です。
なお有料ではありますが、より詳しい使い方の解説を収録したガイド動画もあります。
全編英語なので若干面食らうものの、画面を見れば何をしているかは分かります。せっかくの良い音源だし使いこなしたい、という人は見てみてください。
レビュー:個人的評価点
音質おばけ
前作のSD2の頃から太めの音が主にロック・メタル界隈で好まれていた音源でしたが、技術的暴力によって音質という力を手に入れ、より存在感のある現代的な音になりました。
初めてキックとスネアを鳴らした時の衝撃は今でも忘れられません。「中にちっちゃい大砲載ってんのかい」という声が聴こえた気がしたほどです。
個人的には、現代的なポップスやバンドサウンドで特に相性の良い音だと思います。とにかく太くて存在感があるので、リズムがハッキリしている音楽に向いているでしょう。
ではジャズはからっきしかと言うと勿論そんなことはなく、最初からプリセットが多岐に渡って用意されていますし、SDXと呼ばれる拡張音源を導入することで様々なジャンルに最適化することが可能です。
傾向としてはToontrack社の得意とするロックやメタル方面のモノが多いですが、ヴィンテージドラムやオーケストラ用の音色なども扱われています。
日本人にも優しいプリセット
上でも少し触れましたが、SD3は最初から収録されているプリセットの数がかなり豊富で、しかもそのほとんどがちゃんと使える音なのがニクい所です。
プリセット「Bob Rock – Rock Kit 1」
プリセット「Andy Sneap Kit 4」
外国製の音源のプリセットは使い道に困るモノが多がちなのですが、SD3の場合は日本的な音楽にもマッチするものが多く、文字通りの即戦力として役立ってくれます。
また、Andy SneapやGeorge Massenburgといった著名なプロデューサーが手掛けたプリセットが多数収録されているのもウリの1つで、そのビッグネーム加減が分かる人であればそれだけで導入の決め手になることも少なくないほど。
ピンと来ない人は「あの野沢雅子が声を担当!」みたいな感じだと思っておけば大丈夫です。
見やすいMIDIエディター
多くのドラム音源がそうであるようにSD3もMIDIの編集機能を持っており、このエディターがとても使いやすく造られています。
選択したパーツのベロシティだけを表示できる、ツマミ1つでランダマイズが適用できるなど当然のようにツボを押さえてきていますが、中でもアーティキュレーション(※)が分かりやすいUIであることが最推しポイントと言えるでしょう。
パーツごとにアーティキュレーションが纏められているので打ち込みやすく、またプリセットパターンを解析すれば奏法の使い分けに対する理解を深めることにも役立ちます。
僕もそうですが、ドラマーでない人間にとってTipの美味しい使い方など推し量るべくもないため、プロがどう使っているのか?が一目で分かるのはやはり助かるものです。
意外と負荷は重くない
音質と常にトレードオフの関係にあるのが重さですが、SD3は意外とそこまで負荷が高くありません。
まぁもちろん軽くもないですが、動作要件として指定されているメモリ8GB以上を確保できているのなら、使い物にならないという事はないはずです。
さらにオプションとして、
- Cached … 演奏時に必要な音のデータのみを読み込むことで軽くする
- 16-Bit … 全体的に音質を低下させることで軽くする
上記2つのモードによって、より動作を軽くすることもできるようになっています。
注意点としては、Cachedはオンにした後初回の演奏時に若干遅延が発生すること、16-Bitは主に作曲時にのみ使用し、ミックスダウン時はオフにすることが推奨されていることが挙げられます。
レビュー:留意すべき点
世界レベルの容量
SD3は5つに分割されたライブラリをインストールして使う仕組みになっているのですが、その総合計が何と235GBに上ります。
細い回線ではダウンロードに5年かかるみたいなことになりかねません。そしてその頃には恐らくSD4が出ているわけで、新手の販売戦略である疑いさえあります。
一応、基本ライブラリ(約40GB)だけインストールすれば殆どの機能は使えるのですが、「上にあと4段階進化が残っている」って言われたら全部入れたくなるのが人情というもの。
環境によっては空き容量を増設する必要が出てくるかもしれません。その場合、読み込み速度のことを考えるとSSDが望ましいので、手軽に導入するなら外付け型を検討すると良いでしょう。
値段は相応に張る
記事執筆時点での市場価格は約42,000円前後と、ちゃんと実力相応のお値段がします。
リリースから相応の期間が経っているのですが、僕の知る限り割引セールが行われたことはありません。拡張音源はたまにセールしていますが、肝心の本体は今後も新作が出るまで価格を保っていくと思われます。
品質に見合った価格なのは間違いないものの、お世辞にも「気軽」とは言えないのも事実なので、財布や家族との相談は必至です。
打ち込み系の音色はほぼ無い
生ドラム系の音源には共通して言えることですが、EDMなどの打ち込み系の音色は乏しいので、そういう用途には向きません。
一応プリセットに「エレクトロニカ」と題されたものがあったりはするものの、素直にワンショット系の素材を使った方が最終的な完成度は高くなると思います。
EDMが作りたくてSD3を選ぶアクロバティックな人はそう多くないと思いますが、基本的には生ドラム用の音源だと認識すべきでしょう。
Toontrack社が見せた背中
実売価格が高くなるというのはメーカーにとっても売れないリスクを増やすことに他ならないわけで、それでもコストをかけて品質を追求したToontrack社の姿勢には、ある種のロマンのようなものを感じます。
「誰も見たことのないような凄いモノを作りたい」という姿勢がSD3を生んだとするなら、そこには同じ作り手たる我々DTMerにも通ずるものがあるのではないでしょうか。
そしてその結果として、BFD3が極めたとも言われていた音質にその先を感じさせたからこそ、ドラム音源のハイエンドと呼ばれる今日の評価があるのでしょう。カッコ良すぎて映画化しそうですね。
そんな彼らが生み出したSD3を使っている以上、プラグインを買うだけで満足して放置するような自分を、どうにか変えていかなければならないような気がしてなりません。